画家の死後:内藤瑶子の生前日記

自称絵描き|内藤瑶子のナイトー自身による、活動報告のブログです。/ 東京近辺で活動中。詳しいことはhttp://yokonaito.info/へ。

私の個展レビュー?/ゲオルク・ジンメルの表現主義思想

冬本番。わりと温和な気候の湘南地方にある私の家ですが、寒さを実感中。毎日布団から出るのが大変です。

 

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11月中旬にやっていた私の個展のレポートを、人人会レビュアー・山田歩さんが執筆してくださいました。ありがたい~!↓こちらです↓

hitohitokai.org

絵よりも私が何者かが気になるとのこと。もう少し、絵で完結するような作品を目指さなくてはなりませんね。絵描きならば。

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実は個展の会場にこそっと置いておいた卒業論文に、私が描いてきた絵との繋がりを感じるお客様が、山田さんをはじめわりと多くいらっしゃいました。

今では私が思っている以上に自分の活動と関係が深いのでは?と思うようになりました。なので、ここにも簡易版をのっけておき〼。もし興味あれば。

 

 ちなみに、こういう知識や理屈にこだわることは、絵描きに推奨されてないことが多いです。多分、考えすぎることで筆が止まってしまうからでしょう。

でも、今までのセオリーにしたがって活動しても仕方がないし、好奇心を抑えることも難しいですし、ケセラセラですな。

短縮ver. :G・ジンメルにおける「生の過程」と表現主義思想のコピー.pdf - Google ドライブ

https://drive.google.com/file/d/1Ep8J_-r6jzfT68s4UyAOwjo37b6_9mLQ/view?usp=sharing

 

 研究対象はヨーロッパ(特にドイツ)に芽生えた表現主義思想。美術の分野では、よくニーチェが引き合いに出されるジャンルなのですが、私はニーチェショーペンハウアーに影響を受けた生の哲学者、ゲオルグジンメルを研究しました。この潮流は、同時代ではベルクソンフロイトが(特に日本では)有名。でもこのジンメルさんは社会学の創設が出発点なので、壮大なようでいて変に細かい分析が残留する。

また、ガッチリとした体系を意識して書かれた近代哲学から、流浪するエッセーへと大きく舵をきった人でもありました。内容も文体も、そのなんとも言えない腰抜け具合が好きでした。ハッキリしろ!と言いたくなる。

でも、そもそも何事も簡単に決着がつくのだったら、誰も苦労しないですよ。

あと、哲学専攻につき、あまり美術分野の内容を入れなかったのですが、下記内容を少し足しました。

 

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事実、ジンメル第一次世界大戦については戦争擁護者で、その戦中に亡くなりました。ナチに首を突っ込んで非難轟々だったハイデガージンメル『生の超越』を愛読していましたし、逆にナチスに追われたベンヤミンのパサージュ論にもジンメルの都市論が影響を与えたとされています。しんみりしちゃいますね。ジンメルだってドイツ系ユダヤ人でしたから、もし生きていたらどうなっていたか。。

 

  • 表現主義絵画の抽象化傾向と、現代美術分野でのフォーマリズムの抽象の相違点。

ジンメル社会学分野で「形式主義者」として有名ですが、これは美術のジャンルではありません。

ここでの表現主義は、目に見える形と作品表現との相関関係を破壊すること、つまり自然主義批判によるデフォルメ化。でも、日本に従来からあったビジュアル(浮世絵とか)はそもそもデフォルメされたものが多く、日本における表現主義の革新はむしろリアリズムを突き詰めるパターンも多い。

このトピックを木下杢太郎・山脇信徳・武者小路実篤による「絵画の約束論争」(1911)までさかのぼると、木下杢太郎がジンメルの理屈に通じていたのもよくわかる。*1木下杢太郎による翻訳で、ジンメルロダン論が当時の『白樺』にも掲載されています。

ジンメルは日本の工芸品などの収集が趣味だったらしく、よく著作に出てきますし、参考にしていたらしいです。

 

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 私は高校を中退してしばらく経ってから、20代半ばで大検を取得して、通信制の大学に通っていました。その間8年近く、子どもを妊娠して出産もしました。今振り返ると、自分をとりまく状況が目まぐるしすぎて、粛々と絵を描いて本を読むということに逃げ込んでいたようにも感じます。

でもおかげさまで、20代半ばまで本を一冊読み終えることが難しいくらいだったのですが、今ではかなりの量の文字をさばけるようにまでなってきました!

この量を、もっと洗練させていかなければなりませんね。

 

*1:ただ、木下杢太郎が、表現手段として絵画形式を重んじたのはわかるけれど、西洋の動向を輸入する上での「正しい道順」を意識してしまう点は根本的に考え方がジンメルとはちがう。そして多分、この根本的な違いは自覚していたと思う